カニと重なり制御の話

「カニ」の折り図を『日本折紙学会第26期会員特別配付資料』(2016年3月配付)に寄稿した。2年半ほど前にJOASホールで講習をした際に配付した折り図に、多少の加筆をしている。
本作は、自分がこれまでほとんど発表してこなかった「カド出し」的な作品だ。不満な点も多々あるにせよ、全体としては割かし気に入っている方かもしれない。JOASの会員向けという限定的な発表媒体ではあるけれど、折り図が手元に届いた方にはぜひ折っていただければと思う。


カニと言えば、小学生のときに吉澤章さんの不切正方形一枚の「かに」を見て(NHK出版『創作折り紙』所収)おおいに興奮した思い出がある。口絵写真のカニは、当時田舎で採集して遊んだサワガニのイメージそのものであった。中学生のころは『トップおりがみ』のモントロールさんのオサムシを改造してカニもどきを量産していたものだった。折り紙設計登場以前の折り紙からこの世界にハマった人の例に漏れず、カニという題材で作品を作ることはやはり1つの憧れだった。*1
本格的に創作を始めてからは、哺乳類モチーフで自分のスタイルを模索することに傾倒し、昆虫をはじめとした節足動物は国内外に名手が何人もいたこともあって、自分の創作としてチャレンジする機会は少なかったが、ここ数年は哺乳類以外の題材に手を出す流れになっていて*2、そのなかでふとしたきっかけで生まれたのがこのカニだった。


さて拙作カニの推しポイントの1つとしては、形状保持のための糊付けが不要というところがあると思う。丁寧に折れば15cm折り紙用紙でもいける。これをもって優れているということでは勿論ないが、小さく折れるというのは1つの価値だとは思う。
この糊付け不要の性質は「紙の重なり・厚みの制御」という技術/設計思想から来ている。
重なり制御の技術というと、厚みの「分散」がよく俎上に載せられるが、カニでは「不要領域をまとめて邪魔にならない場所に持っていく」「厚みによる固さを形状保持のために活用する」と分散とは逆方向の操作となっている。理想としては「厚みを味方につけた作品」を作りたいところだが、本作においては「厚みを敵に回さない」といった感覚だろうか。


作品における重なり制御の問題は、形状保持だけでなく、「作品が自立するための重心の調整」や「重なりによるボリューム感(陰影による視覚的効果や密度による重量感など)」などにも関わりがあるし、紙に余計な負荷をかけないということは、折る過程にも影響をもたらすはずだ。折り手が抱く紙の負荷への意識を減らせば、より折りの変化の側面を楽しむ余裕が出てくる。言い換えればリラックスして折れる。(かもしれない)


なるべく糊付けは回避したいし、特殊な用紙にも頼りたくない、というスタンスなので、自作品ではいつも重なり制御に気を遣ってきたつもり……だったけど、HPのギャラリーページを振り返って眺めてみたらそんなに徹底していなくてちょっとずっこけた。「みみずく」などは、紙の重なり的には相当危うい*3
ただ作品集で「改修」した部分では、重なり制御に対しての意識が多かったようだ。多くは細部の工夫で目立たないものだけれど、リスの上半身、馬の後半身、うさぎの前足、トラの尻尾…などがそうだ。そう言えば「気軽にはじめる22.5度系創作法」の第5回*4で重なり制御の話題に触れているが、これも作品の推敲に関しての言及だった。「安定した構造」という目標が明確であることから、改修時の指針として有効に働くのかもしれない。これは今回改めて気付いたことだ。

*1:例えば西川さんが『季刊をる』のインタビューで、小学生の頃にカニに挑戦していたエピソードを語っておられる

*2:これは少なからず意識的にそうしていた

*3:それでも目の部分の厚みを形状保持に使うのは「カニ」と同様の例になっている

*4:折紙探偵団マガジン130号