「イルカ」改良

Dolphin
2014年6月に最初のバージョンを創作したモデルである「イルカ」を、先日納得いく形に完成させることができた。本作は大まかに、2014年6月の第1バージョン、2015年3月の第2バージョン、そして今回2015年11月の第3バージョン(完成版)と改良を重ねてきたのだが、本記事ではさらに試作の断片も交えながら、創作時に考えていたことを書いてみたい。


とっかかり

今年の4月に発行された第25期日本折紙学会会員向け特別資料には、第2バージョンの展開図と解説のテキストが掲載されている。その中で、発端の構成が「紙を対角線で半分に折り、両方のカドをつまみ折りした形状」であることを書いたが、実はこの構成に至る前に、普段やっているやり方すなわち面構成の試行錯誤アプローチでいくつか試作して失敗している。当初は全体の配置としては川畑さんのイルカのような素直なカド配置を考えつつ、紙の内部にとった背びれの模索から胴体へと広げていこうという計画を立てていたのだが、取りうる選択肢(つまりイルカになりそうな形)が多すぎることからうまくいかなかったのだった。ボトムアップ式創作はイメージのゴールが曖昧なままでも着手できることがメリットにもなるが、このように無駄な試作を重ねてしまう場合が多々ある(本当の意味では無駄ではないかもしれないけれども)。

▲折りかけが残っていた背びれのボツ案の1つ(折り直したもの)。地味な見た目なのにメッシュが意外と込み入っていて折りにくい。
そこで違う方針に切り替えてみることにした。まず全体を明快な基礎構造で構成する。先述の「紙を対角線で半分に折り、両方のカドをつまみ折りした形状」がそれだが、発想の原点としてはもっとシンプルな「紙を対角線で半分に折った形状」=「肩掛け基本形」だった。

これを持ってきた理由は「背びれを折りフチ上から"みなし辺カド"として折り出せる(つまり仕上げ加工がしやすそう)」という目論みからだった。後は、この構成では必然的に尾びれを長いカド2つを合わせて作ることになるが、それをやってみたくなったこともある。
この上で「シンプルな折り操作で造形に持っていく」ことを意識する。とっかかりのイメージは頭部だった。一般的に、頭部(顔)は見立てを行いやすい部位である。背びれを出した後のカドを見据えつつ、口吻を中割り折り2回で実現できる形→さらにおでこの形状に繋げた形とイメージしていき、こうなる。ほとんどシンプル作品を考えているノリだ。

▲用紙カドを「かぶせ折り1回・中割り折り2回」だけでできるイルカの頭の見立て

▲重なっている部分をほどいて、胸びれまで折り出した試作。少ない自然な折り込みで良い位置に出てくれた。


折りフチの問題

当初漠然と抱いていた「折りたい造形」に比較するとシンプルに寄りすぎたようにも思えたが決めあぐねていた造形の手がかりとしては好感触だった。
思い描いていた造形とは「イルカはシルエットが美しい生き物なので、アウトラインが不自然なバランスにならないように、かつ、すっきりとした線でまとめたい」ということだった。どうも具体性に欠けるが、それというのも、モデル表面に現れる折りフチの問題を棚上げしていたからである。のっぺりとした曲面の印象が強い対象を折る際には、対象そのままにスムーズな面のみで作品を構成することはほとんど無理であって、必ずどこかしらに実際はありえないような線(折りフチや用紙フチ)が入ってくる。イルカの既存作品を見てみても、折りフチの入り方のバリエーションがさまざまにあって、そこがシンプルな形状の中に個性を生み出して面白いところだ。

当初の面配置的な作り方のときも、この折りフチをどこに入れるかということが、一番の悩みどころだった。のっぺり感を重視して出来うる限り折りフチを消していくのか、少し線を入れて折り紙らしさを出すのか、いっそのこと大量の折りフチを入れることで不要という印象を抑えるのか、いろいろな選択肢があるだろう。

この試作では前半身に斜めの折りフチが入ってくるところが最大の問題となってくる。ここの判断は極めて主観的なものになってしまうが、折り紙っぽさを主張する造形として「アリ」だと思えた。ただ、無ければ無いでスッキリとしてこちらもアリという気もする。次項で触れる「領域の付加」を行えば、折り線の山谷のまとめ方次第でフチを消せそうでもあるので、頭部の洗練時に再検討することとした。


領域の付加


肩掛け基本形からのスタートだと、胴体部分の色に裏が出てしまう。これを隠すには、用紙の頭側2辺に、胴体と同じ幅で領域を付加すれば簡単に解決する。うまいことに、色変え回避目的の付加によって、頭部と尾部で領域が足りていない部分も補うことができる(これは最初の肩掛け基本形の時点で、付加の可能性を予測してあった)。付加法は複数の問題をまとめて解決できることが多く、うまく決まると強力だ。
以上で基本構造(カド配置)が完成したので、次は、各パーツの折り込み(仕上げ)の検討に入る。


各部の洗練・造形模索

背びれと胸びれについては、取り得る選択肢が少なく、そう悩む必要は無かった。背びれの仕上げの段折りは賛否あるかもしれないが、全体のアウトラインとのマッチングを意図したもので、胸びれの仕上げも同様である。
対して、頭と尾びれで予想以上に苦労させられた。「とりあえずイルカに見える」形状ならいろいろとあるのだが、これだ!というものがなかなか見つけられなかった。展開図のメモを複数案残してあったので紹介する。

▲付加以前と同じ形状の、目の無いあっさりとした案。付加した領域は厚みバランスのためだけに使っている。

▲唇のラインと目の折り出しを試みた案。

▲先述した「斜めの折りフチ」を隠すパターンは、あまり面白くないことが判明して即座に没。

▲細かく作り込んでみたこの時点での最終案。振り返って見るとなんと言うかいかつい顔だ。


第1バージョン


▲第1バージョン全体

▲第1バージョン尾びれ
創作に取り組んでから約1週間後の2014年6月22日の時点で、なんとかまとまったかな?と思った最初のバージョンがこれだ。ちなみにイルカを折ることになったのは、ある依頼がきっかけだったのだが、急いで創作したにも関わらずその話は結局ぽしゃってしまった……。
頭部の折りフチがごちゃっとしてしまったが、唇も目も折り出せているし、ひとまずイルカの形には持っていけたかとは思えたものの、どうも自分の中でスッキリとせず「まだ折り図には出来ないな」と寝かせることにした。

問題点1)頭部の仕上げが最適解かの確信が持てない。
問題点2)尾びれの仕上げがごちゃごちゃしている。紙の重なりバランスが悪くて、留め折りがあるくせに糊がないともっさりしてしまう。
問題点3)全体的に後半身のボリュームが弱い。

その年8月の東京コンベンションで展示用に持っていったのは、目を折り出さない頭部のバージョンだったというところ、迷いの表れであった。(第20回記念折紙探偵団国際コンベンションレポートまとめ - fold/unfold


第2バージョン

少し時が流れ2015年3月、JOAS会員特別資料が展開図特集に決まったので何か持ちネタはないかと連絡を受けた。締切まであまり時間がなかったが、「イルカ」なら改良を加えて原稿作成できるかもしれない、と引き受けた。
その際に試みた改良の結果がこちら。『折紙探偵団マガジン』150号の口絵ページにも写真が載っている(今となっては恥ずかしい)。

▲第2バージョン全体
頭部は今回のものと同じで、このときに決定版が得られた。6月のときは、口のカドを(横から見て)45度にするものとして候補を考えていたため、これに辿り着けなかったのだった。問題点3を気にして「頭部を小さく、小さく…」という考えが意識にこびりついていたのだ。実際この構造を検討していたときも、下あごになっている部分を内側に折り込んで、口を45度にするつもりでいた。が、折り込むと胸びれの前の部分で紙の重なりが1枚になってしまう、一部分だけペラいのはイヤだなあといじっているうちに、下のフチを引き出した立体的な形状でいいんじゃないかということに気がついた。頭のボリュームが増してしまうが、それを補って余りある説得力が感じられた。上あごが45度になって実物より太めになってしまうが、唇のラインがきれいに入ることによる「それっぽさ」が出てくれる。自然に折り出せる目の位置もちょうど良い。さらに、頭部全体が少しうなずいたように下がるところも僥倖だ。
こういう「いろいろな要素がピタッとハマる感じ」もしくは「トータルでしっくり来る感じ」というのをひたすら探すのが折り紙創作の核心的な部分に感じる。しょっちゅう話していることだが、川崎さんが昔『季刊をる』に書いた「極大」(局所最適解)の話である。
妄想チックな例え話をすると、「イルカの樹」と「折り紙の樹」が並んで立っている。イルカの樹はイルカを題材にした造形表現の集合体、折り紙の樹は折り線パターン・折り形状パターンの集合体だ。それぞれの樹から枝が生えていて、近づいているところがあり、そのうちの1本の枝ずつがたまたま触れ合っているところがある。そこが折り紙作品としての最適解のイメージ。妥協せざるを得なかった作品というのは、本当は触れ合ってないけど近い位置に来ている枝のどちらかをクイッと曲げて結んだような感じだ。「この折り紙の枝の枝振りがいい感じだから、イルカの枝はこっちに合わせてくれ」というような。理想は、枝が自然に生えるがままに触れ合っている場所を見つけることであって、これはつまり「自分の作為をなるべく無くしたい」という感覚なわけで、物作りをしているはずなのになんだか可笑しい話かもしれない。しかし「対象と折り紙の(新しい・面白い)関係性を提示すること」が自分にとっての折り紙創作だという気がしている。

さて頭部はうまく行ったが、問題は尾びれだ。前のバージョンを改めて見ると「後半身を曲げるための斜めに段折り」が不満に思えた。前半身に斜めに入る折りフチを効果的に見せるには、胴体の他の部分に折りフチがあるのは良くない、という判断だ。そこで、尾びれの根元部分でかぶせ折り2回(もしくは中割り折り2回)をする折りに変更した。しかし特別資料の文章でも書いたとおり、頭部と違って「これが最適解」という感覚が得られないまま、時間切れでの提出という感があった。まだ折り図化はできない……。

▲第2バージョン尾びれ。展開図の尾びれのところで山谷の記載ミスをしてしまったが、もはや旧バージョンということでお許し願いたい。


完成バージョン

2015年11月。今年は諸事情で紙を触れない日々が続いていたのだが、ちょっと折る時間が取れたときにイルカの改良を試みたのだった。改良すべきはやはり尾びれだが、そもそも後半身のボリューム不足も改善できないものか。付加してでもボリュームアップを図るべきだろうか? しかし、尾びれ以外のパーツは過不足なく形が作れている状態だ。ここで尾びれに足すと「他パーツで持て余すか」「完全に無駄な領域を作るか」の2択を迫られてしまい、いずれにしても歓迎できない。記事の前の方で「付加法は複数の問題をまとめて解決できる」と書いたが、逆に1パーツだけ改善したいというときに使いにくいのが欠点と言える。少し考えてみたが今回のケースでは付加法は難しそうだ。
というところで後半身を22.5度に沈め折りする前の形状を見て気付いた。沈める位置を後ろにずらすと、尾びれの形状が直接折り出せそうだな、と。同時に後半身のボリュームアップにもなるかもしれない。

前のパターンも22.5度だけで尾びれの形状が出せてはいたが、ひれの裏側に余計な折りフチが入ってしまう欠点があった。今回のは表裏ともフラットな面になる。


▲第1、2バージョンの尾びれの裏側。写真だと見にくかったのでフチを赤線でなぞった
今までこのパターンに気付けなかった理由を分析するならば2つある。1つは22.5度へのこだわりが強すぎたせい。22.5度の構造としては最初のパターンの方が展開図としてきれいにはまっているため(そして尾びれパーツもなまじひととおり折り出されているため)、それ以前の分岐の探索に戻ることができなかった。もう1つは最初の位置で沈め折りしないと背びれの根元が隠れて短くなってしまう、という思い込みがあったため。実際は仕上げ加工で折り込めば問題にならないレベルにできることを見通せなかった。これもある意味で22.5度の意識しすぎで「なるべく展開図的構造で完成形に近づけたい」という気持ちが裏目に出たという感じだ。
とにかくこれは問題点2と3をともに改善してくれる解だった。先ほどの例え話で言えば、ちょっと下で別方向に生えていた枝の方が辿れる道だった、というオチ。気付いてみれば、なぜ今までこれを見落としていたのか…と反省必至であるが、折り紙創作の難しさに運悪くハマりこんでしまった、ということにしたい。

▲完成バージョン全体

▲完成バージョン尾びれ


▲3つのバージョンのプロポーションを比較。ボリュームを無視した場合、後半身のアウトラインとしては第1バージョンが最も自然な雰囲気だが、やはり曲げのために入る折りフチがわずらわしく感じる。

▲ORIPA推定図による比較。大して変わっていないように見えるが、この差が結構大きい。
細部の折りを詰める中で、紙の重なりについても改善があった。尾びれのカドを組み合わせる際に、体の左右で重なりに偏りができにくくなった。また、前のバージョンでは、腹の部分の一部分だけ薄くなってしまう部分があったが、今回は下半分全体が薄くなることによって却って仕上げで制御しやすくすることができている。
最後にFlickrに載せた完成版の写真。
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折り図はもう描いた(!)