演習:相似形分割方法
もう大分前のことになってしまうけど、北海道在住の中学生フォルダーであるT.Fさんが、ブログでコガネムシの作品を載せていた。
fig.01:展開図はT.Fさんの記事で見てもらうとして、基本構成は座布団鶴に領域を付加したものがベースとなっている。非常にクリアで見事な構成だ。
さて、記事の最後には基本線の折り出し方が書かれてあるのだが、実はこれでは求める比を正確に折り出せない。
fig.02:実際、ORIPAで作図してみると、左上のところで線が合わなくなっていることが確認できる。
T.Fさん自身も「まぐれ」で見つけたと書いていたけど、数学の問題で基本的にまぐれは信用してはいけない、という良い例かもしれない(笑)。
今回は、T.Fさんからこの作品を教材に使わせてもらう許可をもらえたので、比の折り出し方法のひとつである「相似形分割方法」を解説してみたい。相似形分割方法とは、川畑文昭さんが『季刊をる』8号(1995)で発表した、単純な手順では折り出せない折り線を折るための方法だ。本エントリは、基本的にその川畑さんの記事に書かれてる内容にそって例を加えてるだけなので、興味のある人は原典にあたってほしい。
(以下長いので記事を畳む)
この手の作品の歴史
演習の前に、歴史的なことを少し。
T.Fさんのコガネムシのように角度制限をかけて整合性を持つように展開図を構成すると、出だしの一折りが、角度や辺の二等分折りのような単純な工程で折り出せなくなることがある。このような作品は「折り紙設計」登場以降に必然的に創作されるようになり、折り図化の際に悩ましい問題となった。以下に挙げる1980年代の代表的な作品の折り図を見ることで、そのあたりが理解できるだろう。
- 「ゴジラ」西川誠司(折紙探偵団新聞39号/1996/創作1982)*1
- 「龍」前川淳(ビバ!おりがみ/1983)
- 「Kangaroo」John Montroll(Animal Origami for the Enthusiast/1985)
- 「うたうカナリヤ」笠原邦彦(最新折り紙小百科/1985)
- 「Tyrannosaurus」John Montroll(Prehistoric Origami/1989)
- 「プレシオサウルス」前川淳(おりがみ新世界/1989)
- 「Dolphin」John Montroll(Origami Sea Life/1990)
面白いことに1〜5は使われている基本のメッシュが同じだ。しかし、展開図上の折り出しポイントが異なるため、折り出し方もすべて異なったものが紹介されている。
fig.03:(※図に描かれている線は、ベースとなるメッシュで作品の展開図ではない、念のため)「龍」は折り図初出が一番早いのにも関わらず正確な折り出しを求めるステップ(相似形分割法とは違う考え方から)が紹介されていて、さすが折り紙設計のパイオニアと言ったところ。カンガルーとカナリヤは、それぞれ図の赤線を目分量で付けるところから始まっている。ゴジラは折り図化が96年と後で、おそらく相似形分割方法で考えられた折り出し方で赤点位置が求められている。5のティラノは目安を持った折り出しが図解されているものの、実際は誤差のあるものとなっている。
6と7は同じ基本メッシュ(1〜5とは別のもの)で、両者とも目分量で折り始める図解がされている。
このような折り出しを容易かつ正確に行うため、川畑さんが提案されたのが相似形分割方法だ。
なお現在では、より複雑化した角度系の構成だったり、角度系と蛇腹の接続だったりと、作品がこのような特殊な比率を必要とするケースも増えてきている。それは相似形分割方法以外にもこういった比率を折り出すための方法が考え出されたことで、創作家も遠慮なく使うようになったという背景もあるかもしれない。
演習その1
T.Fさんのコガネムシの前に、よりシンプルな例でまず説明することにする*2。それは先に挙げた「プレシオサウルス」「Dolphin」で使われている比で、ネットですぐに参照できる例としては、宮島さんの「馬」が展開図と折り図が公開されているので最適だろう。
以下が相似形分割方法の具体的な作業手順となる。
fig.04:赤い点を折り出したい。目標となる点は、対角線の上が基本となる。
fig.05:カドと赤点を線で結んで、水色の三角形に着目。
fig.06:線と辺に沿って、水色の三角形を拡大する。
fig.07:薄い水色の三角形は元の三角形と相似で、22.5度の線で構成されているから、青い点の位置も自明。
……というわけで、逆に青い点の位置が分かれば、赤い点の位置も分かるということになる。これで宮島さんの「馬」の折り図の出だしのような折り出しが見つかった。
このように相似形分割方法は、相似形に着目することで、計算を全く使うことなしに、望む比率を求められるのが特長だ。が、川畑さんも書いているとおり、うまい相似形を見つけられるかどうかには明確な処理手順がなかったりするので、最適な手順を求めるための方法としては多少心もとない面もある。しかし比率の折り出し方法としては取りかかりやすい、優れた方法だと思う。探す事自体をパズルとして考えてもなかなか楽しい作業だったりする。
※なおfig.5は以下のような違う多角形に着目しても結果は同じになる。
演習その2:コガネムシの場合その1
基本的な手順を示したところで、T.Fさんのコガネムシでやってみよう。
fig.08:対角線上の赤い点を折り出すことにする。
fig.09:カドと赤点を線で結んで、水色の四角形に着目。
fig.10:線と辺に沿って、水色の四角形を拡大する。
fig.11:これで青い点が次の目標となった。
fig.12:青い点を対角線上に移動して緑の三角形に着目。
fig.13:線と辺に沿って、緑の三角形を拡大する。
fig.14:これで黄色い点が次の目標となった。
fig.15:赤い22.5度の線から黄色い点は容易に折り出せる。
fig.16:以上の手順を逆に再現すれば折り工程となる。
以上の手順は、演習その1のような作業を2度繰り返していることになる。後半で求めている比率は最初の方で見た西川ゴジラなど(fig.03)と実質同じで、ここでの折り出し方はやはり『季刊をる』8号が初出のものだ。
演習その3:コガネムシの場合その2
当然ながら、展開図上の別の点を目標に置けば別の折り出し方を見つけることができる。その1、その2では、目標の点を対角線上に置いていたが、そうでなくても良い(そうは言っても簡単につけられる線が望ましい)。以下は、そういう例を取り上げる。
fig.17:赤い点が、右下カドからの22.5度線に乗っている(ことに気づく)
fig.18:カドと赤点を線で結んで、水色の三角形に着目。
fig.19:線と辺に沿って、水色の三角形を拡大する。
fig.20:この青い点はすぐ折り出せる位置にある。
fig.21:以上の手順を逆に再現すれば折り工程となる。
よりよい折り出し方の吟味
fig.16とfig.21では後者の方が一般的には折りやすい手順だと言えるだろう。ただし、作品に適したものとなると、余分な折り線が完成形に出ないなど考慮すべき要素が他にあるのでそれを踏まえた吟味が必要になる。
また、ラングさんの開発したソフト「ReferenceFinder」では、近似値を容易に探すことができるので、試してみて損はない。T.Fさんのコガネムシの場合、次の候補が誤差が少なく容易に折れるものだった。