人力検索はてなの質問に答えてみる

 こんな質問が出ていることをid:crowdeerさんからトラバで教えていただいたので答えてみた。人力検索で答えたのは初めてだったりする。


 ぼくが答えたときには13まで閲覧済みで閲覧待ちの回答が5件あった(質問者が閲覧するまで回答が表示されない仕組み)。この状況でかぶらなくて役立つ回答を考えるのは、折り紙センスを問われてしまいそうで(笑)難しかった。
 神谷さんのサイトはぼくの前の5人のうち誰かが挙げているに違いないと外し、折り鶴戦争も微妙なラインだけど、こっちは入れておくか‥‥などと考えて回答してみたら、その選択でばっちり正解だったようで良かった。


 しかし自分の回答をさておいて眺めてみると、中には「?」というURIもある。例えば1の人の挙げてる「折り紙|日本文化いろは事典」ってあまり良いリソースには思えないんだけど。

 それはさておき、ぼくのひとつ前に答えていた方が、折り紙計画を挙げてくださってた。ありがとうございます。ところが、そこで書かれているコメントがぼくとしては意外なものだった。なのでひとくさり書いてみる。

http://www.paperfolding.com/books/tolife/
Bringing Origami to Life, by John Montroll
あ、って、どんなのが西洋っぽいのかよくわかりませんよね。
たとえばJohn Montrollさんの作品。
作品を、体積のあるものとしてとらえるんです。

http://origami.gr.jp/~komatsu/
折り紙計画/小松英夫
それと比べて日本的なのが小松英夫さん。
まあみていただければわかるとおもいますが、平面的なんですよね。

 ぼくの作品ってそれほど「平面的」だろうか? むしろ立体的な作品の方が多いくらいではないかと思う。さらに、「西洋の折り紙が立体的」という意見の裏づけとしてMontrollさんを挙げているのも違和感を覚えた。もしもぼくの作品が平面的であるならMontrollさんの作品だって平面的になるような気がする。
 確かに、リンクに挙げられている『Bringing Origami to Life』に関して言えば、中身が空洞式の立体作品を扱っているけど、この本はsmooth backとウェット・フォールディングにターゲットを絞った企画物という色彩が強く、必ずしもMontrollらしさ満載というわけではないと思う。これが『Brilliant Origami』だったなら、まだ納得感もあるのだけども。

 と異論を書いてはみたが、そもそもの「日本的な折り紙=平面的、西洋的な折り紙=立体的」という主張を改めて読んでみて、ひょっとしたら浮世絵と西洋式遠近法の対比のような、イメージの把握の仕方のことを言っているのかもとも思った。しかしそれだとぼくの作品は平面的なイメージとなるのだろうか。よく分からない。書きながらなんか段々考え込んできたぞ。ぼく自身は現代の折り紙について、西洋的とか日本的とかあまり考えたことがなかったからなあ。