Affinity Designer 1.7で折り図が描けるかどうか試用版を使ってみた

デジタル折り図制作では通常、ベクター形式のイラストレーション制作ソフトを用いる。こうしたソフトはどれも折り図を描く用としては多機能過ぎるが(全機能の1%程度しか使わないのではないか)、かと言って折り図が楽に描けるかというと、そういう話にはならないから難しい。イラストと折り図では必要となる機能がやっぱりちょっと違うのだ。
ぼく自身は、定番であるAdobe Illustrator(以下AI)よりも折り図が描きやすいから……という理由でMacromedia FreeHand(2005年にAdobeに買収され消滅、以下FH)をかれこれ20年以上使い続けているが、いかんせん動作環境的に厳しいのは確かだ。4月にiMacを11年ぶりに新調して、この問題が一層差し迫るものになった。仮想環境などを駆使すれば最新のマシンでもFHが動くらしいのだが導入コストもかかる。それならいっそAIに移行した方がいいのではという話になってくる。旧マシンが動くうちはFHを使おうかとは考えているが、後々スムーズに移行できるように準備はしておきたい。
一応は専門的に描いているのだから大人しくAIを使えばよろしい、とは思うものの、常に折り図制作をしているわけではないのでサブスクリプションは割高感が否めないのが正直なところ。
AIの代替ソフトと言うとオープンソースInkscapeが無料ということで最近はそれで折り図を描く人も多い。以前のバージョンより時々試してはいて、新マシンにもインストールはしてはみたが最新版でもFHに比較してだいぶ使いにくく思えて、個人的には無しという感じだ。X11上で動くためショートカット等も通常のソフトと異なる仕様になってしまう。
ささみさんがブログで扱っていたGravit Designer(以下GD)はFHライクな操作感と耳にしていて気になるソフトだった。印刷用途に耐えるPRO版は年間5,766円。試用版をいじってみたところ、Inkscapeよりは良い使用感で折り図も描けそうだった。問題はデータをAIできちんと編集できるファイルとして書き出すことができなさそうなこと。Inkscapeからの書き出しでも起こることだが、1つのオブジェクトに設定された線と塗りが、2つのオブジェクトに分離してしまうのだ。こうなるとAIでは図の細かい修正などは難しくなり、レイアウト調整くらいしか編集できなくなる。業界標準のAIで扱えるデータを持っているのはやはり安心だから、残念ながらGDも採用しがたい。

というところで今回記事にするAffinity Designer(以下AD)だが、結論から言うとかなり有りだと感じた。ただ微妙なところもある。以下、良いと思った点からレビューしていこう。もちろんこれらは折り図制作という限定的な用途における評価であることは強調しておく。
affinity.serif.com

◯「オブジェクトの内側にペースト機能」がある

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ADの「内側にペースト」
FHにあってAIに無い機能である「内部にペースト」。オブジェクトの中に別のオブジェクトをペーストできる。FHと同様ADでも、1つのオブジェクトに対して複数オブジェクトを放り込んだり入れ子にすることが可能だった。素晴らしい。この機能はAIで言うクリッピングマスクの代用として「部分図を作る」「影の表現を追加する」など(訂正→参照)で重宝する。ADにはレイヤーでクリップする機能もある。

◯(複数オブジェクトにまたがる)ノードの整列が可能

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ADのノードの整列
 カドの先端など、複数オブジェクトのノード(ポイント)を揃えるのに使う。FHの超便利機能・整列パレット(参考)には残念ながら全く及ばないが、AIと同等という感じ。ただパネル表示ができず使用のたびボタンから展開・収納するのがやや不便。Inkscapeにあるノードの整列機能は限定的にしか使えないため、カドの先端のノードを揃えるにはスナップ機能を使うしかない。ぼくは紙のズレを作るときにスナップが効いているとやりにくさを感じるのでFHでは常時スナップOFFにしてすべて整列でポイントを合わせている。スナップを都度ONOFFして対処している人もいるだろう(あるいは神谷さんのように常時スナップONにして紙のズレは矢印キーで作業するとか)。ぼくはFHでは他に等分の位置を割り出すのにも整列機能の中央揃えや均等配置を使ったりしているが、AIだと特化した便利機能とかありそう。
ちなみにFHの整列は「オブジェクトA全体をオブジェクトBの特定ポイントに合わせる」という処理もできてこれが超便利なのだが、AIもADもこの挙動はしてくれない。すごく直感的だと思うのだけどなあ。
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FHの整列機能その1
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FHの整列機能その2

◯EPS書き出しでAI(CS5)で編集可能なきれいなデータにできる模様

(EPSにも一部問題あり→参照
SVG書き出しは線が太くなったり不完全なデータになってダメだった。PDF書き出しだと先述した「線と塗りでオブジェクトが分離する現象」が発生してこれもダメ。EPSでは大丈夫そうだったとは言え、なるべく特殊な機能を使わずにデータを作成する方が良いだろう。ちなみに前々項の「内側にペースト」はクリッピングマスクとして書き出される(あるいはAD上でも内部処理ではクリッピングマスクになっているのかも)。

CMYKデータ作成可能

◯ノードやハンドルの表示が大きくて見やすい

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ツールパネルと比較すると大きさがわかるかも
私事で恐縮だが、複数の眼病を抱えていて色々見えづらく、近年はFHでもAIでもハンドルやポイントの選択で誤操作が頻発しているため、とってもありがたい。(余談ながらオリヒメも線の太さを太くできる機能があって助かっている)

◯買い切り価格6000円

サブスクリプション時代にあって買い切りの潔さ。しかもAIなら月々払いで2ヶ月分、年払いでも4ヶ月分という価格は思い切っている。

△複数オブジェクトにまたがる複数ノードの選択がしづらい

選択したいノードを含むオブジェクト全てを複数選択してから、ノードツールに切り替えて複数ノード選択をする必要がある。実際的には⌘Aでオブジェクトを全選択してしまって、欲しい部分のノードを範囲選択するのが良さそう。InkscapeでもADと同じ仕様のようだ。FH・AIなら範囲選択で一発でできる。折り図ではカドの頂点位置を変えるのに常用する作業なので、一手間かかるのは少々問題。

△ペースト位置が切り替え式

FH・AIで言う「(選択オブジェクトの)前面or背面にペースト」専用のコマンドがない代わりに、ペーストする位置を背面・最上面・内部に切り替えるボタンがあり、その設定が通常のペースト(デフォルトが「前面にペースト」になっている)に反映される仕様になっている。Inkscapeではペーストは常に最前面にしかできない? 工程図を描き進める際に駆使しまくるので折り図制作では必須の機能だと思っている(参考:神谷さんの記事)。

△ナイフツールが無い

FH・AIでパスを分割するためにあるナイフツールが無い。代わりにノードツールでノードを追加・選択してそこでパス分割する。これはInkscapeも同じ仕様。このパス分割は、部分図をトリムする円弧や「引き出す」幅広白矢印を作るのに使ったりする。

△破線のパラメータが4つしかない

なので1点鎖線は作れるが2点鎖線が作れない。近年は1点鎖線を用いる人も多いのでそういう人は関係がないが、ぼくは吉澤記法に則ってずっと2点鎖線を使ってきて今後も使い続けたいと思っている。抜け道として、AIファイルの折り図データを読み込んだら2点鎖線のスタイルがそのまま表示された。内部データでは問題なくて設定ウィンドウのインターフェイス上でかかっている制限のようだ。もちろん再編集はできない。Inkscapeだと、2点鎖線を使うことは可能だがちょっと面倒らしい(参考)。

×スタイル機能が弱い

 線や塗りの設定をひとまとめにして名前をつけて登録できるが、登録したスタイルは登録したきりで編集できない。FHでは例えば「紙裏(線=0.7pt黒、塗り=白)」などと登録しておいて、あらかた作図した後に「外形線を太くしたいな」と思ったらスタイルを編集して線を0.8ptにすれば、そのスタイルが適用されているオブジェクトが一括で変わる。AIのグラフィックスタイルでも、上書き適用や更新をすることで、やはり一括で反映できる(参考)。要はADでは登録スタイルの値が各々適用されるだけで、オブジェクトと登録スタイルの紐付けはされていないということなのだろう。後で一括反映できなければスタイル登録の意味がかなり薄れるので残念だ。
加えてAIから読み込んだデータのオブジェクトからスタイル登録しようとすると、なぜか登録できない(無反応)ものが発生する。一度登録できたスタイルを削除して再度登録しようとするとできなかったりして、要因も現時点ではさっぱり分からない(というかバグっぽい)。
ADではスタイルについては登録しないで、スタイル値のペーストを随時行うような、Inkscapeと同様の運用をするしかないのかもしれない。

×オブジェクトの検索機能が無い

 オブジェクトの検索・置換機能はFHが未だに最強で、AIをしのぐ事細かな条件で検索ができる(参考)。全く検索機能が無いADはちょっと不便すぎる。Inkscapeでも可能だと言うのに(参考)。オブジェクトの検索・置換機能は、オリヒメやORIPAからSVGで展開図データを読み込んで線のスタイルを変更する際にも必要になるのでやはりできてほしいところ。
前項のスタイル機能と同様、折り図制作では同じ属性のオブジェクトを一括して検索したり置換したりすることが描画データを有効活用する上で重要だ。例えばウェブ用に折り図をカラー化する際など、こうした一括変換ができないと極めて面倒なことになってしまう。ADでも今後強化されることを望みたい。


以上をまとめると、Inkscapeよりは折り図制作向きと思われ、さすがにAIに比べると機能が少ないが、その分安価で入手でき、いざと言うときはAIに移行できる形式で書き出せる……という感じだろうか。十分に折り図制作用ソフトとして候補になりうるものだと思うし、ぼくも購入を検討している(07-07追記:買った)。個人的にはハンドル・ノードの見やすさがありがたい。AIに乗り気じゃないのは全体的に操作系が見づらすぎる部分が理由としては大きい。
最後に書いたスタイル登録や検索機能周りの問題は、一括変換等の作業に関してはAI上でやることにすれば良いわけだし、ある程度折り図の仕様が固まっていればそもそも一括変換を必要とする場面も少ないだろう。
なお、各ソフトの機能に関して自分の調査不足で事実誤認があるかもしれない。そのような箇所があったらご指摘いただければありがたいです。

2019-07-05追記:
origamiplans.hatenablog.jp