少女J……その2と再現性の話


昨日のやつは、断面図を書くとこんなふうになっている。カドそのままだと頭頂部のボリュームが足りないので、紙の層をふくらませるようにして成形。うまく形を整えるのはけっこう神経を使う。


最近ちょっと考えてるんだけど、折り上げた後にそれをベストなかたちに調整するのが折り紙の一番難しいところかもしれないと思ってる。こっちを整えてたらこっちが崩れてしまったとか、作業内容としては塑造に似てるけどもっと不安定な感じがする。なんていうかふわふわしてて。

  • 最初……用紙の選択
  • 途中……折りの丁寧さ
  • 最後……微調整の出来

これは、折る工程を簡単に3つに分けて、それぞれ最終造形に与える影響を考えてみたもの。
最初と途中ももちろん大事なんだけど、特に近年のコンプレックス折り紙では、最後のひと手間がとにかく重要になってきたと思う。最後がうまくいかないと「紙の選択もいいし、きれいに折れてるのに、なんだかなー」みたいになるわけだ。


逆に言うと、こういう調整をしなくてもいいというのが高い再現性の条件になるんだろう*1。伝承折り紙で言えば兜とか。拙作で言えば「サンタクロース」がそう。いわば幾何学100%な折り紙だ。
その次には、「本当はちゃんと調整した方がいいんだけど、それが甘くても造形的に成立する」みたいな「造形にゆとりがある作品」がくる。大多数の作品はここに属してると思う。いわゆる「折り紙的な造形」というのの一つの性質と言ってもいいかな。折り鶴なんかはこちらに足を踏み入れてる感じ。

さっき書いた、「近年のコンプレックス折り紙では〜」というのは、それだけ従来の「折り紙的な造形」の範疇を越えて、造形そのものでガチンコ勝負するという意識が高まってきてることの反映じゃないかとなんとなく思う。
特に今やってる完全立体な人物造形というのは、調整がとにかくシビアで、時々まるで絵描いてるみたいな気分になる。

*1:折り紙で再現性というと、ソフトとしての折り紙みたいな切り口もあるけど、ここでは高い/低いの話ということで造形に絞ったものを考えてる