折り図における立体図の表現:情報のコントロールということ

ぼくは折り図を精確な製図のつもりで描かなくて、イラストのようなつもりで描く。「厚みの無い"幾何学的に正しい"図があって、それをずらす」というよりは、最初から「紙の重なりが分かる図」を目指して描く。その意味でも、最も影響を受けたのは笠原邦彦さんの折り図だ。
こういった考えなので、例えば図の拡大縮小なども特に縮尺率を決めていない。「見やすい大きさにする」というのが全てで、具体的な大きさは工程内容と図の全体像によって変化しうるものだと思っているので、数値入力じゃなくてドラッグで適当にやることもしばしばだ。縮尺の違う図の一部を移植する場合なども、目視で拡大縮小して合わせてしまう。「製図のつもりで描いていない」から、目で見て判別できないような数値の違いは考慮しないものと割り切っている。


折り図を描く上では、伝えなくてはいけない情報はなんなのか、その伝えたい情報を確実に伝えるためにどんな表現が適切なのかを考えることが重要だ(参考:折り図の「分かり易さ」を考える - fold/unfold)。動画や写真折り図は、一般的に折り図に比べて制作コストが低いとされているが、この情報のコントロールを納得いくまでやろうとするとむしろ大変で、逆に「描いた方が早い」となる局面が多いんじゃないかなあ、と思ったりもする。もちろん立体的な仕上げ加工など、写真の方が欲しい情報を表現しやすい工程もある。だから作品によっては写真と図のハイブリッドが適している場合もあり、佐藤ローズの本などは良い例だろう。
余談になるが、情報のコントロールということを意識するようになった切っ掛けは、20代前半にアニメ雑誌で読んだ押井監督や庵野監督のインタビューで触れられていたことからだったりする。創作におけるシルエット重視も有名アニメーターたちに感化されたところが大きくて、アニメ経由で受けた影響は多大だ。元を辿れば他の芸術分野にオリジンがあるのだろうけど、アニメの分野にアレンジされている考え方は自分にとって折り紙にスッと適用できる感じがあった。制限を抱えた表現様式という共通点があるからだと勝手に思っている。

ぼくがやっている立体図の描き方も、実はアニメからヒントを得たものだ。最初のうちは立体図を表現するのにグラデーション機能を使っていたのだけれど、なかなか思うように使いこなせなくて悩んでいた。そこで取り入れたのがいわゆる「アニメ塗り」の手法(参考:Wikipedia)で、要するにくっきりした線の影でも適切に入れれば十分な立体感が得られるということ。グラデーションを使うよりもデータが扱いやすいし互換面でも安心できるメリットがある。
『小松英夫作品集』では2段階の影を入れたり(例:ひつじ)、さらにハイライトを加えた図もある(例:みみずく)。

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ひつじの折り図より
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みみずくの折り図より
尤も"適切に入れる"のが難しくて、見返すともっとうまく描けたのでは……というのが多い。関西コンベンション折り図集に載った「指食いラフレシア」はほぼ1段影だけどうまく行った気がする。
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指食いラフレシアの折り図より
こういった影の表現は、モノクロ原稿だと紙の表のグレーと紛らわしくなったりもするので、あまり濃い影を入れるのが怖くなって結局あまり変わらないじゃんというものになったりするのが難しいところ。去年のコンベンション折り図集の「いもむし改」も結構細かく影やハイライトを入れているけれど印刷されたのを見ると「うーん」という感じだった。
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いもむし改の折り図より
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ライオンの折り図より
例外的にグラデーションを使っているのは、「ライオン」のたてがみの図で、これは「なめらかな曲面であること」を情報として込めたかったからだ。
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お手軽なテクニックとしてお勧めしたいのは、谷になっている部分に上図のような形の影を重ねること。ただし様式化されていて必ずしもリアルな影のつけ方になってないので無計画に使うのは注意したい。
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使用例。ドラゴンの折り図より
これは透過機能などは使っておらず、ベタ塗りのオブジェクトを重ねてるだけ。フチを突っ切る影などはクリップを使うとか、最悪フチの線だけさらに上から重ねるなどすれば単純な設定のオブジェクトの組み合わせだけでも結構なんとかなる。この辺は人それぞれだと思うが、個人的にはなるべくシンプルな機能で描いた方がファイルの書き出しや環境移行などでトラブルが少なくなるかなと思う。

情報のコントロールということに立ち戻れば、立体図で欲しいのは「手元にある紙の立体情報」なので、何が何でも作図で表現しないといけないわけでもない。「◯のところが凹んでいる」のように、記号や文字情報で補足することもできる。必要な情報さえ読み取れれば実現する方法はいろいろあって、それが折り図表現の面白く、奥の深いところでもあるだろう。

(2019/2/27-3/2のツイートを再構成・加筆)

パーツ構造・パーツデザインの借用について

他人が考えたパーツを使うことについて、使っていいのか悪いのかの判断って結構微妙な問題で、特に過去の創作折り紙の世界だとある程度みんな顔見知りみたいな感じだったからまだ良かったけれど、創作家がさらに増えていく今後は「よく知らんやつに勝手に使われた!」となるケースも起きてくるかもしれない。
自分の創作においては、なるべくそのままの借用は避けるようにしているし、なるべく自分で新規パーツを開発したい、と思ってやってきた。しかし確認し切れない作品数が生まれている現在では、先例を把握し切るのは困難で、知らず知らず再発明をすることもあるかと思う。
それでも折り紙創作の歴史は多くの人の発見や応用の積み重ねであり、最新の知識や解釈で再発見をするのはやはり最初にそれを試みた人よりは容易なはずで、だからこそ先例には敬意を払いたい。


この話が難しいのは、パーツとして全てを一緒くたに判断することはできなくて、構造の独自性だったり、見立てとの関連だったり、歴史的な解釈だったり、作者の思い入れだったり、いろんな要素が絡んでくる。パーツ自体を1つの作品として発表することもある。
その上で、あるパーツに開発者の独占権のようなものを認めるべきか否か(つまり、勝手に使ったらまずそう/勝手に使っても問題なさそう)に創作家間での共通認識がふわっと立ち上がるようなものじゃないかと思う。明確なケースもあれば、人によって感覚が大きく違うケースもありそうだ。

マナーに関係するものでもあるので、直接許諾は得ないけど作品紹介のときに言及するという運用もあると思う。それも一般の人相手と折り紙者相手では前提知識が違うし、折り紙者同士なら暗黙の了解という場合も多々あるだろう。
例えば30年前は前川さんの5本指を使うときに「前川さんからの借り物」という意識がもっとあったはず。でも現在において使うのに躊躇する人はいないし、その際に前川さんに伺いを立てる人はいない。
それは時代を経て、ごく少数の分子の組み合わせにはそこまで強い創作性は生じなくて誰もが自由に使えるもの、というような合意が何となくできているからだろう。
逆に、吉野虎の頭部のような作品の核となる構造・見立てを持つパーツをそのまま使うのは今でも躊躇する人が多いのではないか。昔、北條さんが人物作品の装飾として使ったことがあるけれど、これは北條さんと吉野さんの仲があってこそだろう。

分かり易いのは、最初に考えた人が「これ汎用パーツなのでみんなも使って」と言っている場合。自分が「少女J」で使ったフィギュア顔もそういう位置づけで、実際いろんな人が使ってくれていて発展形も見せてもらえているのは嬉しい限りだ。しかしそれもぼくにとって蛇腹人物がサブの取り組みであるからでもある。思い入れがもっと強かったら、他人に使われたら嫌だなと思ったかもしれない。でもそういう思い入れがすべて権利で守られるべきものとも限らない。……とぼんやりした議論のままとりあえず終わる。

過去の折り紙界は、個別のトラブルなどはあっただろうが、総体として「創作折り紙が発展するようにいろいろな権利を設定・調整してきた」と言えるように思う(著作権法で言う「もって文化の発展に寄与」というのとダブる)。今後もそれがうまく回っていくことを願いたい、と結論めいたものを付け足す。

(2019/3/12のツイートに加筆修正)

無許諾折り方動画と、折り図で作品発表するということ


YouTubeに代表される動画サイトにおいて"創作者の許可なく"公開されている折り方動画(チュートリアル動画)については、いつか何かしら触れなければならないなあと胸の片隅にあった。
自分の作品も無断チュートリアル動画があって、何かの拍子に見かけると良い気分にならないから、YouTubeの折り紙関連動画を自分から検索して探すことをあまりしなくなってしまっていた。


小松本の前書きにも書いたことだが、自分は折り図という伝達手段に愛着があり、意図をもって選択している。折り図を通して折り手と繋がることが、ぼくの折り紙活動の理想型と思っている。対面コミュニケーションであるリアル講習には苦手意識があるし、本というメディアを介すくらいが距離感として丁度良いのだ。
動画もメディアを介してはいるけど、折り図よりは生身の自分が出てしまうので乗り気になれない。アトピー持ちだから自分の手を映すことにためらいがある(仮に自分がチュートリアル動画を作るとしたらアニメーションでやってみたい笑)。


現状ある無断動画については、コンプレックス系に限って言えばその多くが海外ユーザがやっているようで英語が苦手な自分にはやり取りのコストが大きいため、これまで特にアクションを起こしてこなかった。そもそも著作権で制限できるのか法的解釈の問題もあり、実際創作者がYouTubeに申告しても受理されなかった事例を話に聞いている。(個人的には「折り紙作品の再現=複製」説を取るので、チュートリアルも複製権・翻案権に抵触するはずだと考えている。これはおそらくJOASもそのような見解だと思う。いずれにせよ、創作者の成果に対するフリーライド行為には違いない)


ぼくが折り図で折り手と繋がりたいというのは、突き詰めればぼくのワガママであるから、「動画の方が分かりやすいから動画を出してほしい」「直接教えてほしい」という折り手側の声があるとしたら、それもまたもっともなことだとは思う。実際問題そういう需要があるからチュートリアル動画が(創作者自身が公開・公認している正規版も含め)多くアップされているのだろうし、有澤さんも書いているが無料で見られる動画が新規愛好家の参入やスキルアップに寄与している側面もある。
そんな中で動画を選択しない立場を取る以上「チュートリアル動画より作者の折り図で折りたい」「折り図の方が分かりやすい」と折り手に思ってもらえるものを出さねばということを意識してきた。ぼくにとって動画は(加えるなら写真折り図や展開図も)「良きライバル」みたいなものだ。少なくともぼくの描く折り図には、単にその作品の折り方を示す以上の意味と期待が込められていて、折り図を通してしか得られない体験・時間があるはずだということを信じている。幼少の頃、折り紙本をひらくとずらりと並ぶ図に胸が躍った、それが今の活動に至る原体験なのだと思う。
おそらくは、動画で育って動画を好む愛好家が今後増加していくのは間違いない潮流だろうし、折り図や物理本への愛着もアナクロニズムになっていくのかもしれないが…。


なんだか無断動画の是非というより折り図vs動画というような話になってしまったが、動画で発表している作家の方とて作品を無断使用されることもあるだろうし、オリジナルソースへの導線がユーザーに伝わりにくいのは折り図でも動画でも同様だろう。折り紙の世界だけでなく、一般の人にとっても、「折り紙作品には作者がいて、作者自らが発信/公認した情報が何より優先して流通されるべきだ」という認識が広まっていってほしい。

(2019/2/23のツイートに加筆・修正)

展開図折りの難易度、初心者向けの展開図とは

展開図折りと言っても、作品自体の構成や、ヒントとなる展開図の描き方によってその難易度はさまざまだが、一般的に難易度を上げる要因というものであればいくつか考えることができる。以下に列挙してみよう。

展開図折りが難しい展開図

D1:山谷の区別がない展開図・線の省略がある展開図

D2:線や頂点の数が多い展開図(複雑な展開図)

D3:特殊な比率で構成されている展開図

→このような展開図は、比率の折り出し方法を知っていないと、最初でつまずいてしまいがちだ。

D4:特殊な角度で構成されている展開図

→いわゆる自由角系の作品。工程内では基準が存在しても、展開図から一見して読み取りにくい場合もこれに該当する。

D5-1:折り畳む途中で紙が不安定になる構造を持つ展開図

→折る途中で紙を大きく歪ませないと折り進められないような作品。立体構造の例となってしまうが、川崎さんの「ブライダルローズ」など。

D5-2:折り畳むと紙がロックされる構造を持つ展開図

→特に用紙内部でこのような構造があると難しい。例としては「9鶴」。

D6:折り畳んだときに紙の重なり方のバリエーションが多い展開図

D7:折り畳んだ後に「にらみ折り」が必要な展開図


このようなところだろうか。展開図折り初心者はこういった展開図には無理に挑戦しない方が無難だと思う(どうしても折りたい・挑戦したい、という気持ちも大事だが、その場合は相応の覚悟も必要だ)。
さて、上記項目の逆を考えることで、折りやすい展開図の特徴も挙げることができる。

展開図折りが易しい展開図

E1:山谷が区別され、線に不足のない展開図

→オリヒメやORIPAで折り畳み推定図とともに描かれている展開図はこれを満たしていると考えてよいだろう。

E2:線や頂点の数が少ない展開図(シンプルな展開図)

E3:角や辺の二等分折りから折り始めることができる展開図

E4:角度系や蛇腹(格子点系)による展開図

→折り線の下地であるところのメッシュやグリッドを考えることで、すべての折り線をつけることができる。

E5:紙のフチを持って自然に展開できる展開図

→剛体折り的にスムーズに開閉できる展開図は折りやすい。D5と対比した例として「クリスタルローズ」と「4鶴」。

E6:折り畳んだときに紙の重なり方のバリエーションが少ない展開図

E7:折り畳むとほぼ作品が完成する展開図、もしくは仕上げが分かりやすい作品

実例

TaonさんがTwitterで展開図折りの入門となるような作品をいくつかアップしている(今回の記事はこれらに触発されたものだ)。どれも上記「展開図折りが易しい展開図」で示した項目を満たしていることが分かる。


手前味噌だが、折り紙計画に載せているシンプル作品の展開図も比較的取り組みやすいと思うのでついでにおすすめしておきたい。
origami.gr.jp


繰り返しになるが、展開図折りは単純な「できるorできない」というものではなく、ケースバイケースでできたりできなかったり途中までできたりするようなものだと思う。
はじめに挙げた難易度を上げる要素については、いろんな作品を折り図で折ったり解説記事を読んだりする中で知識や経験を積めば、少しずつ取り組める範囲が広がっていくだろう。実際、各項目に対して個別のテクニックが多数存在する。本記事でそれらを掘り下げることはしないけれども、少しずつテクニックを体得していくことで、自分自身のステップアップを実感できる点は、展開図折りの魅力の1つと言えるかもしれない。

追記

折紙探偵団マガジン』178号に「展開図折り入門」の記事を執筆しました。本ブログ記事をベースにした「展開図折りの難易度の分析」と、本ブログ記事では省略した「展開図折りのテクニック」について実例を通してまとめた内容となっています。
origami.jp